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続・おばばのたはごと

前記事おばばのたはごとに関連して、robitaさんから望む相手が見つからない(幸か不幸か専業主婦Blog)、珍獣さんからは280■サバイバルでのsoulmate(珍獣の杜Blog)でご意見ご感想を頂き、また、読者の方々からも様々なコメントが寄せられたので、以下、これらを受けて再び「続・おばばのたはごと」である。

まず一つ。皆さん様々ご意見あり、実際、どれも間違っちゃあいないのである。で、ここに「少子化既定路線」の理由がある。

例えば、私は前記事で、「今年こそパートナーに出会いたい」と自ら意思で集まった、実在する「私の知人たち」「私の周囲の人びと」を、matchmakeと言う市場に見立ててレポートを書き、私なりの考察が一般に当てはまる現象ではあるまいか、として掲載したわけだが、どうも一般的でなかったらしい(ガクッ)。中には「いや、その本音はこうなんである」とまで修正してくださる方もある。

しかし、私が感じるのは「それはあなたの考える分析でしょ」と言うことで、私は私の「実際」に基づいて書いているので、この点(例えば、最近の女性が男の外見にうるさい、オンナは醜い男性の内面に興味など持たぬ、等々)についてどうこう言い合っても、少なくとも埒は明かぬのである。

それで、確実に言えることは、現代の人びとはあらゆる面で多様化しており、また、それを是としている社会がゆえに、婚姻であれ生殖であれ恋愛であれイイオトコ/オンナ像であれ、「コレ!」と一つの答えを導き出すことすら出来ない。だからこその少子化、晩婚化、少婚化・・・が既定路線、なのである。

上記をもっと丁寧に言えば、守旧派のお偉方が集まって、少子化を憂い怒って税金を使って何とかしようとしても、結局闇夜に玉を放つのと同じで、一体その対象は誰なのか、何なのか、そして誰にその玉は当たったのかさえも分からずじまい。そもそも、そういう社会を頑張って構築した当事者達が、今更何をかいわんや、耄碌したか!とさえ思わせるのである(でも、孫と遊びたい気持ちは分かる)。

以前書いた育児課程一学年修了レポートでは、「少子化が問題ではないと言いつつ、魅力ある男性が生殖に興味が無いのは云々などと余計なおせっかいを述べるのは立場が一貫していない」とご指摘を頂いたのであるが、私は今でも「少子化が下げ止まらぬのであれば問題であるが、(乳児死亡率が高かった昔に比べた)少子社会は問題じゃない(てか、それは構造上既定路線)、しかし魅力があって社会的地位も高い男性が、生殖に興味がないのは大問題」と思っている。

そもそも、社会的地位の高い人間の多くが、家庭や子を持たぬ様になったら現行の社会システムは成り立たぬではないか!と。しかし、彼らが「他人からの何らかの助力=おせっかい」をきっかけに、生殖および家庭を持つことに前向きになるのであるならば、と言うことでオババと化している私である。

ここまでで充分長文なのだがもうひとつ。客観的に言って、日本の男は甘やかされている、とつくづく思う。そして、それは、日本の女に大いに責任がある。

でも、女性たちがこんなに意識の進化を遂げてしまってて、進化の遅い男たちは取り残されるばかりではないか、と気の毒になるのです。彼らだって変わりたい、でも、男のサガ、そんなに急激には変われない、そういうことじゃないでしょうか。所詮、男と女は違うんです。女の論理で男に迫ってもそれは無理。男の論理で女に迫るのが無理なように。

上記はrobitaさんのコメントであるが、この「男は変われぬ生き物」と言うことついては、結構皆様もすんなり賛同している。しかし、なぜ「男は変われぬもの、仕方ない。無理言っちゃ気の毒。」と断ずるのだろうか。

実際、圧倒的な女性不足で悩む韓国の男性も中国の男性も、必死になって「変わって結婚相手を得よう」と努力している。なぜ、日本の男性だけ「変われない」で放置してしまうのか。なぜ、「変わるために手を貸そう」に、ならぬのか。

女性が変わった、それが退化であろうが進化であろうが、子を産めぬ雄はとにかく雌を得るために色々手を尽くす(とにかく遺伝子繋ぎたい)、そんなシンプルなことがなぜ「可哀想」→「オンナが我侭になったから!」とまで言う人が少なからず現れるのか。八つ当たりもいいところである。まったく、孔雀(←特に意味なし)の方がよっぽと立派である。

加えて、そんな八つ当たりに対して、当事者の女性陣から「怒り」の声はほとんど出ない。うう・・・健気だ。そんな反論をしても無駄だ、と知り抜いているのだ。

しかし、それではいかん。腹を括れよ、日本の女たち!

もっと男に真っ直ぐ勝負してあげよう、それが本当の愛ではないか?あなたの父、兄、弟、息子、親戚、友人、上司同僚部下、恋人、夫、この際お持ちなら愛人も、周囲の親しい男たちに、もっと普段から言葉を尽くして「女はこう思っている」「女はこう感じている」「女はこう望んでいる」と、伝えて育ててあげようではないか。

日本の男性を「仕方ない」「かわいそう」「言ってもムダ」と甘やかし放置することは、その男の男性としての価値を緩やかに殺すことに繋がることに目を向けよう。なぜならば、いまや結婚市場はグローバル化(世界規模)しているので、日本人の相手は日本人である必要性が低下しつつある。つまり、選択肢は他にもあるわけで、わざわざ価値の低い方を無理に選ぶ必要がない、ということである。

なんで「変わらない」日本男性の価値が低いのか、と問われれば、「変わった」日本女性も好き勝手に「変わった」わけではなく、その変化は世界的な変化に少なからず影響されたものであることなので、結局、「変わらない」と言うことは、その「変化」に対応できてない旧機種と言うことになるからである。もちろん、旧機種がスキ、と言うマニアも存在することを申し添えておくが、それは「必要があって変化」した人間界の事情、を超越できる少数派であることは確かだろう。

しかし、「そんなにやいのやいの言われてまで変わりたかぁねえぜおいりゃあ」と、婚姻と生殖にグレて背を向けてしまった日本男性の価値の下落は、めぐりめぐって国→己に帰ってくるのである。たとえあなたが日本人男性に嫌気がさして、外国人男性と家庭を持ったとしても、だ。なぜなら、よほどのことが無い限り、もしくはImagine all the people♪な世界が実現されるまで、あなたは「一日本人」であり続けるからである。

「イイオトコ」は女が定義するものである。

「イイオトコ」は女が育てるものである。

すなわち「イイオンナ」も実は女が決めている。

男育てに手を抜くなかれ、世の大和撫子よ!!!・・・あたいも精一杯「我がままいっぱい、オレ様サイコー」亭主相手に頑張るでよ。

【追記】最終更新2006.05.07

この記事は以下のblog記事にトラックバックさせていただいています:

望む相手が見つからない(幸か不幸か専業主婦

280■サバイバルでのsoulmate(珍獣の杜Blog)

出会うことのむつかしさ(quimitoのご本ご本Blog)

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コメント

なんか呼ばれた気がするので反応しておきます(笑)

なぜ男性が一方的に女性に合わせなければならないのかは相変わらずよくわかりませんでした。いい男を得たい女はその男に振り向いてもらえるよう努力したり自分を変えたりすればいいし、いい女を得たい男はその女に振り向いてもらえるよう努力したり自分を変えたりすれば良いし、それが嫌な男女は一生独身、男も女もお互い様、でいいじゃないですか。なんで男は女に合わせろ、女の進化に男がついてこないのはけしからん、という話ばかりになるのかよくわかりません。

なぜ母親たちが息子たちを女に都合のよい男に育てなかったのかは私も疑問です。子どもは大人の思ったとおりになんて育ちませんから、そう思って努力したかどそうならなかった、ということかもしれませんが。

女性に対する批判が八つ当たりかどうかは、女性がどのような要求をしてるのかによります。「こんなに妥当な主張や要求しかしていないのに、ワガママだのなんだの言われるなんてひどい、八つ当たりだ」というのなら、前段の主張の内容によっては賛同できるかもしれませんが、その部分の吟味をすっ飛ばして「女のどんな要求も男は黙って満たすべきなのに、女をワガママというなんてひどい、八つ当たりだ」というのでは付き合ってられません。「そんなのはあほらしいので一生独身でいいや」という男性のことはそっとしておいてあげてください。ただし、「女がワガママなので俺が結婚できない(あるいは、恋人ができない)!」という男性に対しては、「だったら女に合わせろこの馬鹿」でいいと思います。

韓国の農村の嫁不足の話は、男性は韓国女性が望むような存在に変わるのをあきらめて、中国の貧しい農村部から若い未婚女性を斡旋してもらうという形で解決しようとしていた気がしますが、あまり詳しくないので間違ってるかもしれません。

あと、ふつう、やたらに自分(たち)の考えや価値観を主張して周囲が自分に合わせることを要求する人(たち)は「甘やかされて育った人ね」みたいに言われますよね。合わせようとしないほうを評して甘やかされていると表現しているのは初めて見たので、とても新鮮でした。

投稿: もょもと | 2006/04/19 22:48

どこにコメントしていいのかわからず、右往左往。

見ている現実は人それぞれなので、周囲にいる男や女の実像がみなちょっとずつ違う。そこを突き合わせられるのが、ネットの良さなんでしょうね。

少子化なんて問題だとは思わないけど、結婚したい人が身近にいれば応援したい。

男も女もいろいろなので、二項対立はあまり意味ないと思うんですけど、外見重視の女がいるから男の内面が育たない、というのが実感です。今は小難しい話をしたってモテないですからね。

投稿: quimito | 2006/04/20 14:17

もょもとさん、お久しぶりです。
quimitoさん、こんにちは。最新の記事の方へTB送らせて頂きました。

お二人のコメントを読んで、もー気に入らないったらありゃしない(-"-)

何がってーと、robitaさんのところでも、何となく「穏やかで優しく、良い夫良いお父さんになりそう」な朴訥な男を選べぬ現代女性、何とかならぬか、にオチつつある様なんですが、そもそも:

そんな「外見重視」な「小難しい話にシラける」オンナしかいない場所になぜ行くのです?

ええ、ええ、はっきり言ってアホで無責任で気分屋でブサイクで取り得も無いくせに男に対する要求ばかり高いオンナもそりゃいますさ。

しかし、なぜそちらにばかり焦点を当てる?そういうのなら易く落とせる、おっぱいも大きいみたいだし…なんぞと踏む、男ゴコロはそこにあるまいか?

皆さんのみてきた女性のみで、kaku's marketの女性をも断じんで頂きたい。目の前のやれることを一生懸命真摯にアレコレ目移りせずにやってきた…そして、女性として成熟し、いまこそ家庭を築こう、そういう女性ばかりですよ。

対して男性の方が、そうでは無い、それなりにマジメには生きてきた、でも、いつも誰かのお膳立てがあった…と言うのが客観的共通事実。だから、真摯に看板背負って生きてきた女性にすぐに見抜かれるし、気骨負けして傷ついて帰って来る。これが私の周囲での現実です。

しかしmatchmakerの仕事は、「いや、見抜かれて気骨負けしていると言うのは理想的な夫婦、ここから始まり!逃げてはあかん」と諭すこと。また、女性には、「自分を晒せぬオトコなんてダメ。いい傾向です」と。・・・ここが難しい。

ですのでどうぞ、「オンナはさ…」なんてハスに構えずに、もしくはそんな風に語りきれちゃう女とばかり接しないで、もっと「分からん!」と身震いするオンナと接してみて欲しいと思います。だいたい、ここで取り上げているblogでも、お二人の言うような女性はいないじゃないですか。

もちろん、「オンナって、いいもんだよな…」(おっと、人間としても、だよ)と思わせることこそ、オンナの仕事です(自戒)。


投稿: kaku | 2006/04/20 20:19

心臓をドキドキさせながら読みました。
そして、なぜドキドキしたのか考えてみました。

まず、kaku's marketの女性を断じるためになんかコメントしないですよ。これは言いがかり。
そういう「オンナしかいない場所になぜ行く」と言われても、それは与えられた環境だからしかたがない。ここは説明してないから、誤解されてもしかたない。
3つめ、私なら使わない単語をいともたやすくkakuさんが使っている。

つまり、なぜkakuさんが怒ったかわからないわけです。それなのにこういう一方的な言い方は、はっきり言ってことばの暴力だと思います。それが気骨のある女性のやることなら願い下げです。

ブログは記事も不完全、コメントも不完全、でも自分とは違う視点を得られるからやっているわけで、ただ異論を排除するのでは、オレ様ブログになってしまうのではないでしょうか。

べつにこうあるべきだと言っているのではなく、次の記事を書くときに、そういえば違う意見もあったなと、心の隅においてもらえばいいだけなのですが。

投稿: quimito | 2006/04/22 12:28

quimitoさん、

まず、お詫びを。傷をつけてしまったのなら確かに言葉の暴力です。どこを怪我しましたか?(さすさす)

思うに、これが女である私の“ガチンコ勝負”で、あのコメントで確かに私は怒りの感情表現をしました。なぜなら私も、傷ついたから。

何が、と自問してみるに、あの「続・おばばのたはごと」とそのコメントは、kaku’s marketの方々とrobitaさんのところの議論を踏まえていて、あの時点の流れとして結局、「世の中は男女同権と言う理屈ばかりでない、いまこそ女らしい優しさが少子化の決め手だ」なぜなら「男は女に比べてデリケート(変化を嫌う)だから」みたいになりそうだった。それで私はまたか、と。始まったぞおい、と。政治家も細木数子女史も言う説だな、と。

ここで多分、「いまこそ“男女互いの優しさが”少子化の決め手だ」なぜなら「“男も女も”人は皆、デリケートなものであるから」となるのであれば、私もYES!!!!と叫び、話はオチたと思います。

優しさには基準も雛形も平均値もないし、受ける「優しさ」の感じ方さえそれぞれ天地の差があるわけで、ものすごく相対的なもの。Matchmakeする相手の男が動物としてさらに逞しい可能性だってあるわけです。なのに、なぜ、女性が男性一般に「優しさ」を授けよと言えるのか?と。

また、私の周囲の未婚者男女(ほぼ30代)を客観的に見る限り、やはり、歩み寄れないのは圧倒的に男性だと言う印象がありました。その言い訳が大抵「自分はシャイだから」。あのー、こういう場での「シャイ」って結局、自分の何かを守ろうとしているわけで、そこに相手(女性)の「内気さ」はカウントされてないってこと?と私は思うし女性も思う。これを「優しいがゆえに」と、受け取れ、と初対面の相手に要求するのぉ?それ、オトナに対する対応?と。

上記の点を踏まえて再度“kaku’s matchmake marketを見渡して”細木数子論を考えると、どうしても「男に甘すぎ」「女に厳しすぎ」と言う言葉が出てきてしまう。いや、彼らの仰りたい事は理解できるのですが、何を根拠に「女にだけ」求めるか?と段々頭に来る。だいたい悪いサンプルで考えすぎやろ、と。

男女のmatchmakeを語るとき、どうしても忘れて欲しくないのは「オンナには出産の為のタイムリミットが男性よりずっと早くに控えている」と言うこと。結婚しようがしまいが、自分の体の「内なる声と言うプレッシャー」は結構重い。なので、matchmakeに対しても非常に真剣で真摯。本当なら、基準のはっきりしない「男のデリケートさ」なんぞよりもこちらを慮ってしかるべき、と私は思うのであります。

そんな様な思いなわけでしたが、確かに、成熟した女性であるrobitaさんの仰せのように、息巻いてせっつくばかりでは逆効果で、もっと優しく…と言うのは正しいです。

でも、結局一連の議論において、私のように「怒る」女性は皆無でしたね。皆さん、「そうかもしれない、でもね…」と抗弁されていた。それだけで充分、日本の女性が「優しい」ことの証明で、私の様な女は特殊であることがお分かりいただけると思います。(つまり、私はイイ女でもなく、女らしくも無く、加えて気骨も無い短気者…私のせいで、気骨ある女性を願い下げないでね!!!)

異論はもちろん排除しません。したつもりも無いんです。でも、私の記事に対し頂いたコメントですから、自分の主張にこだわって行きます。

>そういう「オンナしかいない場所になぜ行く」と言われても、それは与えられた環境だからしかたがない。

本当にパートナーを望むのなら、やはりこのスタンスはちと傲慢。「悟る」のは人事を尽くしてから、まだ早すぎます。kaku's marketに登録さえされてないじゃないですか!

「いや、実はそんなに望んでないのよ」と言うことならば、それはイケマセン、とオババは思う。異性で心置きなくガチンコし合えるパートナーは、己を大きく成長させます。だから、命まで授かる。これこそ「男女関係のカラクリ」だと私は信じる。

私の様なキレ気味の女の主張でさえ、しっかりとボールを返してくださる器の大きいquimitoさんがもしもパートナーをまだお持ちで無いのならば、日本社会の損失です。でも、それほどの器だからこそ、なかなか出会えないのも道理。相手はそんじょそこらに落ちている種ではそりゃあ無理だわな。

どうぞ、アンテナだけは伸ばしておいて下さいな。

…と言うことで、“話し合う時間を作ってくださったことに感謝します”!!!

投稿: kaku | 2006/04/23 16:48

もょもとさん、

家族が外出しているうちにコメントをじっくり読んで考えることが出来たので、以下の様にご返信申し上げます:

>なぜ母親たちが息子たちを女に都合のよい男に育てなかったのかは私も疑問です。

女に都合よく育てるのではなく、「なぜ受けるばかりでなく授けることが出来る人間」に育てられないのか、と言うことです。ただし子育ては母親(と言うより母性)だけでは厳しいです。同時に、なぜ夫(父性)を巻き込めないのか、も考えると深いと思います。

>「女がワガママなので俺が結婚できない(あるいは、恋人ができない)!」という男性に対しては、「だったら女に合わせろこの馬鹿」でいいと思います。

私が言いたいのは、「女がワガママなので俺が結婚できない(あるいは、恋人ができない)!」という男性およびその親に対して、「だったらあんたはワガママじゃないのか、このアホぅ」と言うことですかね…

>韓国の農村の嫁不足の話は、男性は韓国女性が望むような存在に変わるのをあきらめて、中国の貧しい農村部から若い未婚女性を斡旋

韓国女性争奪戦は相変わらず繰り広げられていて、その戦い敗れた男性が中国・北朝鮮そして日本女性にも目を向けていると聞いています。データ手持ち無しですいません。

投稿: kaku | 2006/04/23 17:40

まず、こちらも言い過ぎたので、その点はおわびします。私の心臓はノミ並みですね。
kakuさんのポイントもわかりました。

コメントを書いてから自分でひとつ発見があり、書かなければよかったと思ったのですが時すでに遅し。賢くなりたいと思い本を読んでも、なかなか現実には反映されません。よそのブログまで来て、お騒がせしてしまいました。皮肉ではなく、いい勉強になりました。

今は、相手をヨイショするのではなく、攻撃するのでもなく、自分の考えをストレートに書けるようになりたいものだ、と思っています。

投稿: quimito | 2006/04/24 14:22

気に入ってもらえなかったようで残念です(笑)

なんかすれ違ってますが、私は一般論の部分に反論しているのであって、kaku's marketの男女がどんな人かは知りませんし、興味もありませんし、何ら評価も断定もしてません。する気もないです。さぞや素敵な女性と腐った男性ばかりなんでしょうね(棒読み)。

そもそもあなたは自分の周囲で見聞きしたことを安易に一般化しようとしすぎです。だから私のような無粋な人に揚げ足を取られるのであって、大上段に構えて無理やり一般化しようとせずに、自分の周囲はこうである、とだけ言えばよいのではないですか。まあ、何をどう書こうがあなたの自由ですが。

それとも、「男は」「日本の男は」「女は」「日本の女は」というのは「(自分の周囲の)男は」「(自分の周囲の)女は」の省略形なんでしょうか。それならそう分かるように注釈していただけると読みやすくてうれしいです。

> 「なぜ受けるばかりでなく授けることが出来る人間」に育てられないのか

未婚男女は違った基準で売れていくので、男性は授ける能力のある順に売れていって、残ったのは受けるばかりの人であるのに対し、女性はそうではない、という可能性がありますね。高齢未婚者の傾向を男女の一般的傾向の違い(さらに言えば、育て方など)に敷衍するのは誤りである可能性が高いです。例えば、男性未婚者に低学歴が多くて、女性未婚者に高学歴が多いからといって「もともと女性のほうが高学歴」「もともと女性のほうが頭がいい」と結論付けるのは誤りですよね。

素朴に疑問なんですが、kakuさんの周囲の素敵な未婚女性の親や周囲の人は、なぜ彼女たちに早く結婚できる資質を授けなかったのでしょうか。男を甘やかしお膳立てしてきた人々が糾弾されるなら彼/彼女らも同様に糾弾されるべきではないですか。

> 「だったらあんたはワガママじゃないのか、このアホぅ」

賛成です。男がワガママだ、いや女こそワガママだと罵り合って男女とも一生独身でいればいいと思います。ワガママを言っていられるのは物質的に豊かだからですから、少子化が進んで国力が衰えればそのうちワガママも言ってられなくなるでしょう。そのとき日本の国が今の形のまま残ってるかどうかは知りませんが。

投稿: もょもと | 2006/04/25 15:27

もょもとさん、返信どもどもです。

>だから私のような無粋な人に揚げ足を取られるのであって、大上段に構えて無理やり一般化しようとせずに、自分の周囲はこうである、とだけ言えばよいのではないですか

いや、揚げ足取られて良いのです、なんたって「オババ」の「たはごと」だもの。大上段に構えてはいないんですが、大風呂敷はよくやるので(^_^;)、たまには畳みに来ていただけるとホントに助かります。

>素朴に疑問なんですが、kakuさんの周囲の素敵な未婚女性の親や周囲の人は、なぜ彼女たちに早く結婚できる資質を授けなかったのでしょうか。男を甘やかしお膳立てしてきた人々が糾弾されるなら彼/彼女らも同様に糾弾されるべきではないですか。

もょもとさんの仰る「女性が結婚出来る資質」が何であるかが不明ですが話の筋から考えて「受けるばかりでなく授けることの出来る人間」とすれば、【私の周囲の素敵な未婚女性達】は、充分過ぎるほど満たしています。

しかし、「受けるばかりで授けることを知らぬ人間に対しても授け続ける」のであれば、【私の周囲の素敵な未婚女性達】は「出来ない」のではなくて「しない/したくない」のだろうと思います。

問題は、そこを批判する声(robitaさんじゃないですよ、彼女の言っていることはもっとfairなことで、表現上の問題で私が勝手に熱くなっただけ)が、少なからずあるということだと私は思っています。

本来、【私の周囲の素敵な未婚女性達】のように、女性が経済的つまり精神的に自立している、と言うことは、戦後日本社会の理念の延長線上にあり、いわば優等生なはずです。

実際、彼女たちの様な女性に実はどれほど現代日本社会および男性が助けられているか考えると、こういう方々が育ったことは誇りに思うべきことでしょう。

にも関わらず、それを100%評価出来ず、「もう少し控えめにしてくれれば(女性らしく)うまくいく」「一歩下がって接してくれる優しさが男女関係のコツ」「それが賢い女性の男性操縦術」とする声とそう感じてしまう男性の資質を是とするならば、それは社会的な矛盾であると思います。私はそれを「男女の性差によるもの」とは思えませんし、変更不可能だとも思えません。

カミさんに経済的能力があり、仕事についてのプランを共有できること、今の時代、これほど心強いことはないはずです。そういう恩恵だけは受けながら、「でも自分の方を少し多めに立てて欲しい」と思うのは、「立ててしかるべきだ(男だから)」と言う暗黙の了解(=擦り込み)があるからなのではないかと、【私の周囲の男性達および過去にお会いした男性達】の話などから感じます。

これからの人育てにおいては、男女共に、時と場合によって、お互い「立てたり立てられたり」が出来る資質を備える必要を叫べばよいのかな。

しかし、もょもとさんの周囲には【私の周囲の素敵な未婚女性達】の様な人は全然いませんか?それはヒニクでなくて、可哀想。私の周りにはゴロゴロしていますよ。おかしいなあ…

投稿: kaku | 2006/04/25 21:47

資質が何なのか私にも分からないんですが、話の筋から考えて「受けるばかりでなく云々」ではなさそうですよね。実際彼女たちは結婚できていないわけですから。

男性の周囲が彼を甘やかしお膳立てしてはならないのであれば、女性の周囲も結婚できない彼女がいくら素敵でも全肯定してないで、彼女を結婚に向かわせるよう働きかけなければならないんじゃないかなあと思いました。たとえそれが「男にこびる」「立てる」「控え目にする」のようなものであったとしてもです。男性にとって現実の女性がどうであるかは自分で自由に変更できないあらかじめ与えられた環境であり、女性にとっての男性もそうだからです。で、そんな男性優位の価値観はとても肯定できないでしょうから、女性にそんなことは言わなくていい(「しない/したくない」ままでいい)し、同様に男性もほっとけばいいと思います。

女性が自立して経済力がついてるのに男性が相変わらず「立ててほしい」などと旧態依然なのはなぜかですが、たぶん女性が相変わらず上方婚願望だからでしょう。で、それは男性が相変わらず下方婚願望だからかも知れないので、鶏と卵なんじゃないかと思います。女性の上方婚願望(と、根強く一定の割合現れる専業主婦志望者)が現行どおり保存されたまま、男性が急に「これからは対等に行きましょう」とはなりにくいと思います。

あんまり上とか下とか言いたくありませんが、女性が上を望んでると仮定すると、男性は自分より下の女性からしか望まれないと思うわけですから、「立ててくれる人がいい」となるのが自然です。これが「女性は上を望む人も下を望む人もいるし、男性も然り」となれば、先の仮定は無効になるので、立ててくれる人を望む必然性も薄れます。しかしキャリア女性と専業主夫のカップルがまだまだ少ないことを思うに、そうなるのは当分先な気がしますね。自立して成熟した素敵な女性たちは果たして「相手が専業主夫でもかまわない」と思えるでしょうか。

私自身について白状すると、実は30前後の未婚女性自体が周囲にほとんどいません。見てきたようにあれこれ言ってることは実はぜんぶ伝聞と想像です。残念でした(えー

投稿: もょもと | 2006/04/26 00:25

もょもとさん、

「ほっとけない」から「オババ」なのであります(^.^)
でも・・・私が言っていることは、もょもとさんの仰ってることとちょっと違うんだよなぁ…「専業主婦/夫」とか「上下方志向」とか、「形」の問題じゃあないんです・・・もっと頭がクリアなときにまた説明しますので気長にお願いします。

>私自身について白状すると、実は30前後の未婚女性自体が周囲にほとんどいません。見てきたようにあれこれ言ってることは実はぜんぶ伝聞と想像です。

むふ、それじゃあkakuオババに一日の長アリ、ね!ヤッタ!(何が?)

でも、次回以降、少子および結婚について書くときは、もょもとさんのコメントをもっと丁寧に読み返します。読んでくださってコメントも頂いて、本当に感謝しています(←妙に素直)。

…それにしても、先進国で唯一2.0を超える出生率を持つ米国はさすが。

Britney Spears(第一子は現在7ヶ月)がまたオメデタだそう。24歳と言う年齢を考慮しても、スゴイぞ。日本の女性アイドルも若くして出産してもだいたい一人→離婚に。誰か、ブリちゃんに続け!!!

 
●参考資料●
Report: Britney Spears is pregnant again
Baby would be second for her and husband Kevin Federline
http://msnbc.msn.com/id/12485046/?GT1=7938

投稿: kaku | 2006/04/26 22:01

kakuさんこんにちは。

バタバタしている間にこんな面白い話に乗れなくてちょっと悔しいので、少しだけ。

>「受けるばかりで授けることを知らぬ人間に対しても授け続ける」のであれば、【私の周囲の素敵な未婚女性達】は「出来ない」のではなくて「しない/したくない」のだろうと思います。

うわ~これわかるな~~(しみじみ)と思っちゃいましたよ。
男を立てると言うのはテクニックであって、女の性質では決してないと思っているので、女性の努力に対して応えてくれないというのはやはり不満の元となる事が端から透けて見えてしまうんですよね。

>「もう少し控えめにしてくれれば(女性らしく)うまくいく」「一歩下がって接してくれる優しさが男女関係のコツ」「それが賢い女性の男性操縦術」とする声とそう感じてしまう男性の資質

これって、「人間相手は変えられないけど自分は変えられる」ってことを女にだけ要求している事ですよね。それをいうなら、「思わず立てたくなるような男ぶりを見せてみろ」といいたくなってしまうのですが・・・

だいたい女はただで男を立てるわけじゃあありません。十分な見返り「授けられる事」があるからこそやれる事だと思います。立てられた男は、その事を自覚し感謝する義務があるのに、それを怠ってきたから女はそれを放棄し始めたんじゃないのかなあ。

やはり支えあうと言うのが基本にあってこそ成り立つものなのでしょう。

でもそれと結婚できるできないは実はあんまり関係ないかもという気はしています。要は心の目を見開いて「出会う」という事さえあれば、人は変わっていくものだと思っているからです。必要なのは傷つくことを恐れず「心を開く」ことなのでは。

世間一般では、男性が苦手だってことなんですか。シャイだから?女だって勇気がいることだと思うのだけど。

投稿: haru | 2006/04/28 01:56

kakuさん、もょもとさん、quimitoさん、haruさん、

コメントを読ませていただいてますけど、haruさんの仰るようにすごく面白いですね。

私は男の言い分、女の言い分、どちらももっともだと思うしよくわかります。
それでもなお、どちらかと言うと、もょもとさんのご意見に共感、というか、男性がそういう気持ちに至る事情にシンパシーを持ってしまいます。

これについては、私なりの考えがありますが、近いうち、私のブログに書きます。
「男性が、女性が」とそれぞれが過熱するようなことではないと思うのです。

投稿: robita | 2006/04/28 14:53

haruさん、お久しぶり。体調はいかが?

>やはり支えあうと言うのが基本にあってこそ成り立つものなのでしょう。

突き詰めればそういうことだと私も思います。「男のやり方」「女のやり方」とラベルを貼っても意味が無い。そのカップルなりの思いやりを持ち寄い合わねば成り立たぬ、どうしてそう言えないのかな…と思いますけどね。

>でもそれと結婚できるできないは実はあんまり関係ないかもという気はしています。

本来はそうなのでしょうね。でも、私なんぞは、やはり公共料金支払いの「口座引き落とし」(=滅多なことでは契約破棄しない)と同じで、「結婚」と言う形にしておかないと、「添い遂げる」のは難しいかも…と思います。

家族だけど血の繋がりは無い異性。やはり「言葉」と「思いやり」が無ければ…と思います。何だろう、「パートナーとして尊重する気持ち」なんではないだろうか…と。

それと、私もそうでしたが、イマドキは結婚すると嫌でも心を晒して力を合わせて行かざるを得ない(そうでもしないとこの厳しい世の中乗り越えていけぬ)、そういう意味じゃ「まずは結婚してみる」のが大切な部分もあるやもしれませぬ。

それでも、周囲の既婚男性を見る限り、女性をきちんと一人の人間として、パートナーとして尊重している方が殆ど。そういうのを「女を付け上がらせて」と意地悪く見る人もいるかもしれないけど、それは理屈じゃなくて、生きていくうえ必要なことだからそうなんであって。

しかし、そういう男性が育っていると言うことは、戦後教育もあながち棄てたもんじゃない、ってことになるんでしょうか。

投稿: kaku | 2006/04/28 20:55

robitaさん、

>それでもなお、どちらかと言うと、もょもとさんのご意見に共感、というか、男性がそういう気持ちに至る事情にシンパシーを持ってしまいます。

これについては、私なりの考えがありますが、近いうち、私のブログに書きます。
「男性が、女性が」とそれぞれが過熱するようなことではないと思うのです。<

楽しみにしています。

そうですね、本来なら過熱することではないと私は思います。そして、この様な議論の目的は多分、善悪でも道徳でも同情でも無いんですよね。

どうすれば、現在の、これからの厳しい世の中を生きていく人間を育てるか、なのだと。

前提となる社会は常に一定ではない、それは結婚に関わらず生きていく上で誰しも直面することだと思います。それにどう、対処していくか、ですね。それが私の言う"Control your destiny"です。

投稿: kaku | 2006/04/28 21:03

私のようなものが、口をはさむ場ではないかと
固まっていましたが、おそるおそる意見を・・・

私の母は、72歳の今も現役で、男性と対等に仕事をしています。そして、今はそういう母を、ある意味尊敬していますが、じつは、子供の頃は、僻んでいました。

母は、仕事命の人で、また父も、戦前生まれにしては理解があり、母が、家事を全くしなくても、仕事をすることを応援していました。

けれども、私は、よその子が、お母さん手作りのご馳走でお誕生日会をしてもらったり、一緒にお出かけしたりする姿が羨ましくてたまらず、自分は、絶対 専業主婦になると、決めていました。

結果、専業主婦としてこの年まで生きてきましたが、訳ありまして仕事をはじめ、ようやく、母の大変さが理解できるようになってきました。

とはいえ、私達母娘は、これまでお互い頑なすぎたかもしれない、と、最近思うようになりました。

「男女は同権でも同質ではない」という言葉が好きなのですが、そういう意味で、有能な女性はたくさんいはります。kakuさんもきっとそんな人だと(お会いしたことはありませんが)いつも思って拝見していますし、私は単純に、世の中を良くするいい活動だと思うのですが・・・。

投稿: ゆみ | 2006/05/01 10:27

ゆみさん、コメント下さり有難うございます、感激です。

実は、私もゆみさんとまったく同じ境遇で育ちました。fulltime motherを持つ友人が羨ましかったりした記憶は殆ど無いのですが、今、私がこうして期間限定であれ、人に惜しいと言われる職をあっさり辞してでも専業母/妻をやっていることに関連はあるのかもしれません。

しかし、多くの女性が学校を出た後社会で働く様になっている現代社会において、私の様にキャリアウーマンの母親を持つと言うことは、非常に大きなadvantege(優位性)があったと思って感謝しています。

うまく言えませんが、人様からお金を得て何かを成すと言う体験は、育児とはまた異なる次元で自身が鍛えられるもので、そこから得られる人生観なりは、一人の人間として生きていく為のprinciple(本源)、と思います。そしてこれは戦後の日本女性が得た大切な果実だと思います。

それゆえ、「男女は同権でも同質ではない」から、「女性がもう少し…」と言う表層的な提言があるとするならば、NO(そんな問題じゃない!)を言っておきたいと思うわけです。

もう少し丁寧に言えば、「同質でない」ことが各カップルのあり方に規制をかける理由であるべきではない、と敢えて主張しておきたい。

そもそも「同質でない」ことなど誰もがわかっていることでしょう。未だ男性で出産した人はいないのですから。

その上で、各々のカップルは敗戦以降現代社会の理念に沿って自分たちに合う関係・形を模索してきたのであって、それを今更「少子化だから」と過去に回帰したって仕方が無い、と言うのが私の思いです。

現代男性はもっと「育児休暇取るべき」とか「専業主夫が出ないのは差別」とか、そんなお題目はどうでも良いと思います。そんなのは各カップルの判断で、男女の別なく「育児休暇」は短期的にはキャリアダウンを余儀なくする、この事実に右往左往して国を糾弾したりせず、対処法を考えたら宜しい。

私が言いたいことは、【私の周囲の30代男女】を見る限り、男性側の方がこの「共に/パートナーとして」対処法を考えると言う姿勢/資質が欠けていて、それが年代を問わず家庭生活に限らず、日本男性全般に感じられるので、そこを「是」とせずに、もっと鍛えたら良かろう、と言うことかと最近思います。

パートナーに対し自分の希望を言葉を尽くして説得するぐらいの姿勢は、人間として当たり前に備わっているべきことでしょう(うちのダンナはここが偉かった)。それを対価交換するものも持たず「シャイだから」の一言で見逃すのはいかがなものか、と。

しかし、聞くところによると女性もひどいのが多いらしく(私の周囲には居ないので)、それならば割れ鍋に綴じ蓋であるべきなのにそうでないならば、それは「女性の上方婚願望」と「男性の下方婚願望」か?と納得しかかっている状態であります。

追伸 お仕事応援します。子供は父だけでなく母の背中も見て育つ…息子さんはきっと、素晴らしい女性と結ばれますよ。

投稿: kaku | 2006/05/01 21:32

>でもそれと結婚できるできないは実はあんまり関係ないかもという気はしています

これ、結婚と言う形にこだわらなくても良いという風に受け取られましたでしょうか。

だとしたらごめんなさい、表現力が足りなかったです。今読み返してみると前後のつながりがまるでなってないし意味不明。

改めて説明すると、「結婚できるかどうか」はその人の資質云々ではなくて、傷つくことを恐れずに又は覚悟の上で心を開いて人と出会っているかどうかにかかっているのではないか、という事が言いたかったのです。

が、これもなんだか変ですね。心を開いて生きている人間の資質が低いなんて考えにくいですもん。だめだこりゃ。

投稿: haru | 2006/05/01 22:52

haruさん、

こちらにコメント下さったquimitoさんも、「出会いの場」としての旅を提唱されていますよ!

投稿: kaku | 2006/05/02 19:46

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