少子高齢化社会ニッポンは“子育てに優しく無い社会”か?
以前、妊娠中に「少子時代の妊婦レポート①-むしろ恵まれている?社会制度」を書いた。そこでの結論として挙げた「少子時代の妊婦は恵まれている」が、育児ママとなっても変わらぬのか、ということについて。
結論から言って、ハイ、全然変わりません、恵まれています、むしろ過保護なぐらいではないか、と言うのが正直な気持ち。ただし、これはあくまで第一子出産後6ヶ月を経過した今の時点の私の個人的な感想である。
厚生労働省は昨日5月31日に2004年人口動態統計(概数)を発表し、それによると小数点第3位まで含めると1・28台後半で、1・29をやや上回った03年を下回り、4年連続で過去最低を更新する、らしい。
だからなんなんだ、イマドキの女性は高齢出産が増えてんだ、イマドキの女が子供を産まぬ、と糾弾するのにはあと30年待たねば答えは出んわい、と私なんぞは相変わらず気にも留めていない。
しかし、こういうニュースを受けると必ずメディアが旗振り役を担って「子供を育てやすい社会じゃないからだ」とか「女性の高学歴/社会進出に伴ってわがままになった」とか「女にばかり子育ての負担がかかっている」とか言い出す輩が増えるので、バッサリ言っておこう、
いーえっ、どちらも間違いじゃないけど、どちらも決定打じゃないんですよ
と。というか、決定打なんてないんである。当たり前だ、これだけ価値観も職業も人生経験も多様化している日本社会だ、「コレ!」なんていう答えはないのだ。日本人、とはもはや国籍だけのものになりつつある。同じ日本人で同じ言葉を話しているのに全然通じない、そんなの日常茶飯事だ。
私の知る限り、私の周囲のママさん達のご主人は皆、驚くほど子煩悩だ。街中でミルクをあげてるパパ、だっこ紐で赤ちゃん抱えて買い物しているパパ、哺乳瓶洗っているパパ・・・ベビーカーを押すのはもはや男性の仕事かと思うほどで、私なんぞはこれほどセクシーな男性の姿ってないわな、と言う光景をしょっちゅう眼にする。むしろそれを面白くなく思っている年輩の方が、多いんでないの?と。
公的サポートについて言えば乳幼児医療助成や児童手当もさることながら、この半年、私の元にどれだけ行政から「子育て」に関連する情報の通知があったことか。やれ保健婦による訪問だの3ヶ月健診だの栄養士による離乳食講習会だの予防接種だの子育てサークルのお誘いだの子育て支援専門員募集(参考資料4)だの・・・もう、至れり尽くせり、私なんぞはむしろ不安になってくる、こ、これは甘やかし作戦か?と。どっかのある時点で突然はしごをはずすんじゃないだろうねえ・・・と。
まあそんなことはこれからおいおいご報告を続けていくとして、私が今一番「少子高齢化社会を生きるオンナの主張」として伝えたい相手は、これから家庭/子供を持とうとする人々である。
「少子化の犯人探し」に夢中な輩の話、「如何に女にとって子育てが負担か」を延々と語るエセフェミニストの話、色々あるけど、出産・育児は非常にパーソナルなことなんだ、社会が子育てに向く状況かどうか、なんてこととリンクさせて自分の生殖を決定するのは損であるぞ、と言うことか。
私がここまでの出産・育児経験で得た果実と言うものは、産みの苦しみとか赤子の可愛らしさとか様々あるけれど、最大のものは「初めて“地域の一員”であると言う実感を得たこと」ではないかと思っている。
もちろん、親元にいたときから結婚して夫婦二人で生活していたときまで、地域の一員であったはずなんだがなんと言うか、自分(達夫婦)と言う存在が「自己完結」しちゃっていて、“地域”に対して自発的な思いも実態感も無かったのだ。
例えば、子連れで街を歩いていると、非常に多くの人に声をかけられる。もう、びっくりするぐらい、自分は見られているんだなあと言うことに気づく。そしてこちらが相手のプライバシーを心配するくらい個人的なエピソードやオピニオンを打ち明けてもらっちゃったりするのだ。もう、ワクワク!女性週刊誌もみのもんたもいらない!ってなもんである。
妊婦も乳飲み子連れも、言わば「弱者」。それゆえ、世の中には(怖い顔してるのに)思いやり深い人、(一見綺麗に着飾っている年配の)意地悪な人、(超イイオトコ系なのに)無神経な人、(ぱっと見優しそうなのに)自分しか見えてない人、(ハデハデなイケてる風の若者なのに)シャイな人、(顔だけはおとなしそうだけど出ているオーラが)危険な人・・・本当に色々な人が存在しているのだ、という事を「頭でなく五感で」知るのである。
そして、世の中の制度もニュースもすべて「知識」ではなくて「経験」になる。所詮、お役人なんて手抜きで無愛想でたいして仕事もしてやしない・・・なんて言うメディアの擦り込みによる思い込みが、自分の眼を通すと全く違うものになる。彼らの「頑張っている」方向は(お偉方が決めるので)ともかくとして、非常に熱心な対応に驚く。頭の中の空想から一歩飛び出し地域を歩けば、他人を「アホ」だと思う癖が嘘のように取れていくはずだ。自分が如何に「世の中を分かっていた」気になっていたのかを知るのである。これは凄いことですよ、二十歳を過ぎた人間がこれほど脳内リニューアル出来る機会を得ぬのは純粋にもったいないぞ、と。
多分ね、最近ではすっかり天然記念物状態の「子供を持たぬヤツは一人前じゃないわい!」とだけ叫ぶ頑固ジイサンが、言いたかったことはそういうこと。子供を持とうが持つまいが、人間、どんどん細胞分裂してリフレッシュして行かなければどんどん取り残されて行ってしまうのである。頑固ジイサンの時代は、子育てがその“リフレッシュ”を得るための最も有効な手段だったんでしょう・・・って、頑固ジイサンの気持ちを解説している私、早くも頑固バアサン予備軍か。ちっ。
【参考資料】
1. 厚生労働省 人口動態統計速報(平成17年3月分)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/sokuhou/m2005/03.html
2. 少子化への対応を考える有識者会議 首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syoshika/index.html
3. 子育てがしやすい街はどこ?Vol.1 医療費助成が手厚い街(東京編) All about
http://allabout.co.jp/house/townshuto/closeup/CU20050131D/
4. 「次世代育成支援」に関する要望と提言 シニア社会学会次世代育成支援研究会
http://www.jaas.jp/katsudou/jisedaisien.htm
【追記】(最終更新 2005.06.12)
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コメント
こんばんは。
社会制度は私も恵まれているとおもいます。
我が自治体の育児に関する取り組みも感心するほどきめ細やかで、おかげでなんとか初めての赤ちゃん育てられた様なもんです。
解らない事や不安な事は保健所に電話すればいつでも親切丁寧にアドバイス、フォローしてもらえました。
「離乳食食べなくて・・・」といったら栄養士さんと助産師さんがそろって食事風景を見に来てくれたりまでしました。
確かに過保護かも。
お役所よりも世間の風当たりのほうが冷たいと感じる事は多いですね。まあ、公共の場で暴れたり、大声出したりすれば、迷惑な態度を取ってもらわないと学習できないのでそれはそれでいいのですが、でも子供とはそうやって「学習しつつある」存在なわけで、そこのところを解って欲しいなあと思ってしまうのは甘えでしょうかねえ。
私はおば様たちよりも既婚未婚問わず、若い世代の方達の冷たい視線がつらいです。
駅のホームで泣いて暴れる娘を一生懸命あやしつつできるだけ隅っこで電車を待っていて、「泣かすなや、うるさい」と吐き捨てるよう言われたりだとかすると脱力します。
(でも私も子供を産む前は、口に出さなくても同じ事感じてました。猛烈に反省です。)
子供は泣いて駄々こねるものでして、ここでお菓子で黙らせるってのは公共の場で一時的に迷惑かけないためには有効な手ではあるけれど、長い目で見れば教育上良くない事で、繰り返し教えていくしかないのですよ~などと説明するわけにも行かないし。
社会とはこういうもんだと思うしかないのでしょう。
しかし子供の生理みたいなものをある程度社会が認識してくれないと母親が無駄なプレッシャーばかり感じ、結果子供に悪影響では健全な子供が育ちませんので、産む産まないに関わらず育児に関心もって欲しいし、自分達の社会を形成していく重要な要素である、「自分のこと」として捉えて欲しいとも思います。
何事も批判ばかりではなく、どうしていけばいいかというところに重点を置くようにしなきゃいけませんな。
投稿 haru | 2005/06/10 01:37
肝心なことを忘れてました。
脳内リニューアル!まさにそうでした。
いろんな価値観やら自分が信じていたものがひっくり返るというかシャッフルされるというか、とにかく自分の中が劇的に変化しました。
ひどい近視が治ったらこんなかんじではないでしょうか。
子供を産んだら、というか育てたらこんな副産物がついてくるなんて思いもしなかったので、驚きです。
人生の幅と奥行きが倍ほど大きくなった実感がありますね。
これを経験しないというのはなんとももったいない!と私も思います。
投稿 haru | 2005/06/10 01:56
>お役所よりも世間の風当たりのほうが冷たいと感じる事は多いですね。
>産む産まないに関わらず育児に関心もって欲しいし、自分達の社会を形成していく重要な要素である、「自分のこと」として捉えて欲しいとも思います。
まったく同感です。そう、私のレポートは「社会制度は恵まれている」と言っているだけで、暗に「後は人の心じゃ」と。
例えば米国ですが、飛行機やレストランで子供が騒いでいても親はあまり注意しませんよね、周囲も気にしている風でもなし。また、やっぱりマナーとしてのジェントルマンが多いゆえ、ベビーカー連れの親子を見つけたら遠くから走ってきてでもドアを押さえてくれたりするのはごく普通のこと。これはキリスト教精神なのかはたまた子供が多い社会だからなのか。わかりまへん。米国で子育てする機会があったらレポートします。
私はね、若い人はある意味仕方ないかな、と思うんですね、経験しないと分からないことってたくさんあるし少子化だから周りに赤ちゃんいないでしょうし。それは、多産をせぬ当事者のツケとして受け入れるべきことかもしれない、と。一方で、若い彼らには、もうガンガン子育ての楽しさを強調しなくちゃ、と思いますね。大変なことって楽しくて幸せなんだ、って。それは子育てだけじゃなくて人生全般に通じることだしね。
>「泣かすなや、うるさい」と吐き捨てるよう言われたりだとかすると脱力します。
だけどコレはひどい。ってゆーか、「バーカ、お前ゼッタイもてないだろ、そんなんじゃ嫁もきぃへんわ」と、石でもぶつけてやりたいっす。いや、皆でぶつけに行きましょう、アラブの国みたいに(何の話じゃ)。
だけどやはり、子育てを経験しているはずの人たちの冷たさ(=殆ど意地悪さ、に感じる)は悲しいですね。また、同じ子持ちで大変なのはお互い様なのに、自分の事だけで一杯一杯になっちゃってる人もいる。また、他人に道を譲ってもらってもお礼もしない人を見かけると、オイオイ、と突っ込み入れたくなります、やっぱり。
もちろん、涙が出るほど思いやり深い人もいらっしゃるのも事実なわけで、私としては、その人の人生が透けて見えて面白ーい、と楽しんでる部分もあります。
育てにくい社会制度、と主張している人は本当に当事者なのだろうか・・・何がそう思わせているんだろうか、是非話を聞いてみたい。保育所とかの空き問題かしら?・・・だけど、パート労働でも受け入れしている自治体も結構あるわけで、そういう選択肢が存在すること自体、昔に比べて改善されているし恵まれているよなあ、と感じるけど。
満足水準と言うのは個々人異なるけれども、大きな目で見てある程度感謝もしなければいけないんじゃない?と言うのが今の所の印象でもあります。
投稿 kaku | 2005/06/10 18:00
確かに、社会制度云々よりも、子育てに対する考え方自体の問題のほうがはるかに大きいと思います。
経験者の方達の意地悪の根底には、つらくて苦しかった子育ての恨みみたいなものを感じる事はありますね。
子育ては当然すべて女の仕事じゃという夫と社会があって、ちゃんとやれて当たり前だと監視する姑なんかが同居だったりして、それこそ歯を食いしばって子育てしてきたような世代。
うちの母親などを見ていても思いますが、その頃の悔しかったり苦しかったりした何処にも持っていけなかった気持ちは、子育てする娘を見て鮮明によみがえったりするようで、なんかこう複雑と言うか心をかき乱されるような気分になるらしいです。
今時の子育ては紙おむつだのベビーカーだの便利なものがいっぱいあって、うるさい姑も小姑もいなくてなんだかんだ言っても恵まれていて・・・いいわねっフンってなもんでしょうか。
そして自分達がされてきたようにあらを探して小言のひとつも言いたくなるというか。
これって負の世代間連鎖だと思うのですよ。
だいたいは間違った子育て哲学に縛られて苦しんだものをそのまま次の世代に引き継いでいくという不毛な連鎖です。
日本という国の子育てにはこういうものが蔓延してる気がします。
少子化は避けられない事だと思うので、ここは若い人たちに一般常識として子育ての基本を知ってもらい、のびのび子育てできる環境を作っていくってのはどうだ?などと思っております。意地悪なおばさんを改造するのは骨が折れそうだし・・・(おじさんが優しいってのも私は眉唾だと感じています。泣き止まない我が子を夜通し抱いた事のあるおじさまがどのくらいいるのか怪しいものだと思うので。過去のしがらみに絡めとられて優しくなれないよりはいいと思いますけど。)
>「バーカ、お前ゼッタイもてないだろ、そんなんじゃ嫁もきぃへんわ」
大阪弁でありがとうございます。でも「嫁の貰い手あらへんわ」が正解です。
可愛い顔した女の子でしたよ、ヘッドホン付けて。
投稿 haru | 2005/06/11 22:24
>これって負の世代間連鎖だと思うのですよ
haruさんの記事にあったとおりだと思います。(TB送らせて頂きました)
社会や時代を考慮に入れれば同情すべき点はありますが、やはり「自己犠牲」って大抵の場合、人を幸せにしないのだなあ、と。私たちの世代がそれを断ち切る任を負っているのかもしれないですね。
>今時の子育ては紙おむつだのベビーカーだの便利なものがいっぱいあって、うるさい姑も小姑もいなくてなんだかんだ言っても恵まれていて・・・いいわねっフンってなもんでしょうか<
ああ、私コレ、何度も言われたことあります、年輩の方に。「今の人は楽でいいわねえー」と。「ええ、そーなんですよー、今のご老人も楽になられたでしょう?嬉しいですよねー」と返してもいいのかどうかいつも迷いますが。
>可愛い顔した女の子でしたよ、ヘッドホン付けて。
し、信じられん・・・でも、そうかもね、同性の方が優しくなれなかったりする悲しい現実。
ねえ、あんたもそうやって大きくなったんよ、初めっからそんなんと違うわ、と、私が近くにいたらゼッタイ言うのに。そういうこと、周囲で言ってあげればいいのよ・・・「そんなこと言って刺されるのは怖い」のかしらん。人への愛が本当に足りないね、この日本と言う社会は。TVで知るテロリストや性犯罪者には優しいのにね、結局他人事だからかな。
>少子化は避けられない事だと思うので、ここは若い人たちに一般常識として子育ての基本を知ってもらい、のびのび子育てできる環境を作っていくってのはどうだ?などと思っております。
そうですね・・・せめて、子供はオトナになる為の修行中の身なんだよ、そんな当たり前の事を皆が今一度思い出せる環境を作れたらいいですね。そうして、「子育てはゼンゼン損なことだという洗脳から外れよう!」と声を上げる人が増えて欲しいですね。
投稿 kaku | 2005/06/12 09:55