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少子社会の明るいニッポンの未来④:惜しみなく愛は…

敬愛する真魚さんの3月28日の記事続・世界の民主化をやるわよで、こんな問いかけがされている:

この、アジアの主要各国が対立しているということは、アメリカのアジア統治にとってまったく都合が良い。ヨーロッパは、アメリカに対抗するためにEUを形成し、それは今のところ順調に稼働している。それでは、アジアはどうだろうか。アジアは、いかなる姿でアメリカやEUに対応するのか。

真魚さんは言う、「我々、日本人はどのようにアジアの未来を考えているのか。そうしたスケールで物事を考えなくては、今のアメリカと対座することはとうていできない。」と。

この言葉に対する私のコメントは、「米国と“対座”しなくてもいいんじゃないですかー、“隣座”だってアリでしょう」でした。その理由は、真魚さんが指摘なさっているように「アジア諸国はお互いを信用していない」からであるが、しかし私も本心では「我々日本人が描くアジアの未来」の重要性は認めており、私としてはその未来は「自立すれども孤立せず」で行きたい、と思っている。

「自立すれども孤立せず」・・・つまり、「どこともつかず離れず均衡を保つ」という事。個人的にはパートナーとしては米国が一番信用出来る、と思っているけれど、それにしたって国家同士のパワーゲームに保証などあり得るはずも無く、やはり現状の米国一辺倒、と言う外交政策には危機感を持つ。米国とはおいそれとケンカどころかちと楯突いてみる事も命がけ、確かにこれでは「日本は米帝の植民地である」と、勝手にイジけている左翼団体への説得の言葉も無いのだから。

この「自立すれども孤立せず」を行っている国家ですぐに思い浮かぶのは永世中立国・スイス。人口わずか1,000万の小国と比べてもあまり参考にはならない、と言う面もあるが、以前robitaさんに紹介していただいた元警察庁長官/前スイス大使('99.09-'02.11)の國松孝次氏の「スイス探訪」(角川書店:参考資料1)を読んで、スイスの中立政策が成立している理由は決して「核保有」などにあったのではなく、伝統的に「傭兵の供給国」であった事が大きかったと言う事を知り、なるほど、「人=血液の出入り」か、と閃くものがあった(スイス探訪 “傭兵物語”pp44-55)。

現在の日米関係は間違いなく良好と言えるので、日本が「自立すれども孤立せず」を実践する為には、むしろ米国を背に中国・韓国の方に対座しなくてはならないだろう。さて、事あるごとに国内求心力として「悪役ニッポン」を使ってきた両国のこれ以上のワガママ(と、敢えて言わせていただく)を如何にして終わりにさせるか・・・我が国が持てるスイス的手法「人=血液の出入り」とは何か。

ヒントは「亭主そっちのけでヨン様に狂うおばちゃま達」・・・そうか、韓国および中国男性と日本女性だ!と。

CIAのThe World Factbook 2003によると、我が国の2003年度の出生性比(sex rario:女児一人に対する男児数)は1.05、これに対して中国1.09、韓国1.1である。一般的に男児の方が死亡率が高いので、“正常な”出生性比と言うのは1.03-1.07とされているが、これを100倍にして考えてみるだけで中国および韓国の“女性不足”が相当深刻であることが容易に推測出来る。 例えば必ず男女がカップルになるとすれば、女性が100人に対して男性が110人であるから、単純に考えれば10人の男性が“余る”計算になる。

中国および韓国の女性不足問題と言うのは、1980年代半ば頃から少子化問題と共に繰り返し取り上げられていて(参考資料3,4)、私なんぞは昨今の韓国人男性の「北朝鮮美女軍団」に対する熱狂ぶりは、こんな「嫁不足」と言う所から来ているのではないか、と読んでいる。さては将軍様、その辺を衝いているな?と。

翻って我がニッポン、『負け犬』だの『オニババ』だの、少子化および晩婚の原因はまるでオンナだけにあって、イマドキオンナがつけ上がってワガママ化しているから、みたいな事を言われているが果たしてそうなのだろうか。結婚も出産も男女の共同作業、そしてどちらもスキ・キライと言う感情を持った人間なのである・・・当然、男にも原因および責任があるはずなのに、日本社会では「オンナ責任説」の方が主流なのは何故だろう。そんな、一方的な女性への責任の押し付け、と言う現況から、少子・晩婚化の原因がうっすらと見える気がするのは私だけだろうか。

いや、はっきり言おう、人生を賭けられる程魅力的な日本男性が余りにも少ない、日本社会の少子・晩婚化の大きな原因は、こんなことではないのだろうか。もちろん、“そんな男を育てた”女にも責任はあるんですが。

ならば悩めるイマドキの大和撫子たちよ、いっその事海の向こうの中国・韓国人男性に目を向けてみてはどうか。私の知る中国/韓国人男性は、すべからく優しく責任感が強い“gentleman”だった。満員電車で女性を突き飛ばしてでも座ろうとする男性などでは決して、無い。デートに誘ってもらえるまでただじっと待っている様な競争心の欠けた男性などでは決して、無い。「良き“男”とは、良き息子であり夫であり父であり、そして社会人であることである」と言う美徳を持ち、それを有言実行したがっている人達ばかりであった。大和撫子は今でも世界のブランド、何も日本男性に“安く踏まれる”必要は無いんじゃないか、と思えて来る。

となれば、惜しみなく愛は「国境を」奪うのである。要するに、愛のチカラというものは、人の思想をかくもあっさりと転換させるものずごいエネルギーを持っているです(robitaさんのお言葉を盗用)。在日韓国/朝鮮人がどうの、二重国籍がどうの、靖国参拝がどうの、竹島がどうの・・・と言ってたと思ったらいつの間にか、かつての大和王朝のごとく、両国の文化が混じり多様性が生まれ、力強いエネルギーを内包した“東アジア共同体”が誕生するのではないだろうか。そう、「少子社会の明るいニッポンの未来」とはすなわち「明るい東アジアの未来」でもあるのです!

・・・え?そんな風になるまで100年はかかる?ええ、ええ、いいんです、「国家百年の計」と言うではアリマセンかっ。


【参考資料】
1. スイス探訪―したたかなスイス人のしなやかな生き方 国松 孝次 角川書店 2003
2. The World Factbook 2003, CIA, US.
3. 出生性比の不均衡に関する分析 人民網日文版 2004.08.25
4. 統計で見る韓国/ソウル(2) Seoulnavi.com

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コメント

えーと、韓国ドラマとか香港映画とかで、おっいいじゃんと思うヒロインもいますよ。インターネットラジオで韓国の音楽放送を聞いたりすると、女性DJの声がホントめっちゃ可愛いーです。つまり、ここに「中国・香港」と「日本」という枠があって、その枠の間のしきいを外してしまえば、日本の男性も新しい出会いがあるのではないでしょーか。

例えば、日本と韓国と中国のどこかの地区を特定して、そこはもうパスポートなしで入国審査とかもなくて自由に移動できるようにして、結婚も自由にできて、規制なんかなくして、世界の一番安い商品を自由に販売できるような、そうした経済特区みたいな場所ができないもんですかねえ。

投稿: 真魚 | 2005/04/04 02:11

真魚さん、

>日本の男性も新しい出会いがあるのではないでしょーか。

おっ、日本女性では物足りぬ、と仰ったか!(嘘嘘)…でも、日本男性の場合、日本女性に不満があって結婚しない人が増えている訳では無く、結婚と言うか「家庭を持つこと」自体に乗り気じゃない気がするんですがどうでしょうか。その辺が日本女性と日本男性の需給のミスマッチを生んでいる様な…

>そうした経済特区みたいな場所<

なんか福岡でその様な申請を出していた自治体がありませんでしたっけ?韓国・中国に関しては観光ビザナシOKとか。

いずれにしても日本女性が日本男性の方を向かなくなれば、自然に日本男性ももう少しパートナー探しに必死になるんじゃないかと思っている私です。

投稿: kaku | 2005/04/04 10:57

<<いずれにしても日本女性が日本男性の方を向かなくなれば、自然に日本男性ももう少しパートナー探しに必死になるんじゃないかと思っている私です。>>

「必死」になれば、まだましだと思います。そもそも「必死」にすらならないんじゃないかな。2極化が進むでしょう。今でももうすでにそうですけど。結婚したい男性はパートナー探しに必死なるでしょうけど、日本女性が向いてくれない日本男性、およびあまり「生身の女性」に関心のない日本男性は、ますますメディアの中の女性性に向かっていくと思います。

ただですね、これもひとつの理由であって、今の日本の若者はなぜ結婚をしないのかということの理由を挙げよ言われたら、いくらでも挙げられるんです。なんとでも説明ができちゃうんですよ。じゃあなんでなのかと言えば、オトコが、あるいはオンナが、ということでもないと思うんですよ。

kakuさんが言われる、今の日本はオトコらしいオトコがいなくなったというのは、よーーくわかるし、そうだと思います。そう思う一方で、その「オトコらしいオトコ」というのは、ある理念型であって、ソレが実際にあるというわけでもないと思うんですよ。日本男子たるものかくあるべし、というのがあって、その「かくある」に完全にマッチした男性がいるわけでもないと思うんです。

オトコらしいオトコもいれば、オトコらしくないオトコもいて。オンナらしいオンナもいれば、オンナらしくないオンナもいて。「ワタシは、オトコらしいオトコが好き!!」という女性もいれば、「ウチのダンさん、いくじのないオトコなんですぇ。せやから、ウチがしっかりしなきゃあって思いますぅ」(なにゆえ関西弁・・・)という女性もいるわけで。

で、じゃあなんで、オトコはオンナと、オンナはオトコと関わるのかというと、なんか「おもしろさ」があるからではないかと思います。この「おもしろさ」って、具体的になんなのかというとよくわからないんですけど。「おもしろさ」ってゆーのは、いわゆる男らしさとかセクシーさだけというわけでもないのではないか。それに人間というのは変わるもんじゃあないですか、関係もまた変わっていくもんですし。オトコのオンナ理解、オンナのオトコ理解って、異文化理解と同様に誤解と錯覚の繰り返しだと思います。誤解と錯覚を重ねながら、変わっていく人間どおしが、変わっていく関係で関係をむすぶってゆーか。

今の問題は、オトコもオンナもみんな同じになっているということなんじゃあないかなと思います。もっと、多様性というかバリエーションがあって、その多様性があることを前提とした関係がオトコとオンナの間にあれば、楽しくなるんじゃないかと思います。でも、じゃあ、誰でもいいのかというと、そういうわけでもないわけで、「相性」みたいなものはあるのではないか、と。

投稿: 真魚 | 2005/04/05 01:27

真魚さん、コメントありがとう。色々考えさせられます。

私は決して「少子化」および「晩婚化」傾向を批判しているのではありません。固定概念よりも多様性の方が大切にしたい世代の人間です。

…しかしですね、子供は特にいなくても…と思っていた私に子供を産んで欲しいと頼んだわが亭主が言った言葉は今でも忘れられません。ヤツ曰く:

俺は男だから、どうひっくり帰ったって子供が産めないし乳も出ない、でも遺伝子は残したい。そういう視点で考えると、男は結局社会で働いて稼ぐしか能が無いんだよ、その存在意義を消されることの恐怖を今の女はもっと分かって欲しい…

と。私はこれで人間の原点っちゅーおーげさな物を考えましたですよ。いずれこのこともきちんと記事にしたいなと思っています。

それから、sexyとは異性の中の同性性を垣間見たときに感じるもんだと私は思います。

投稿: kaku | 2005/04/05 11:05

なんかこの間同じような議論で
なぜ日本はアジアとくんでアメリカやアフリカとくんだりしないのか?
地域が近いだけでアジアがパートナーでいいの?
みたいな議論になりました
そういわれると確かに・・・と思ってしまいましたが
どう思われます?

投稿: tkns | 2005/04/09 00:27

tknsさん、ようこそ!

>地域が近いだけでアジアがパートナーでいいの?みたいな議論になりました<

本当にそうですよね。日本のような島国(海洋国家)は、EUの大陸国家であるフランスやドイツとは訳が違うと思いますね。イギリスが一番参考になるのかもしれませんね。

“自立すれども孤立せず”は、どの国とも均衡をとることで、逆に言えばどの国ともケンカできる体制をとっておくってことですものね。

とは言いながらも、欧米に行くと自然にアジア人はアジア人同士、集まってしまうんですよね。人間の感覚って面白い(と、へんなオチ)。

また来てねー

投稿: kaku | 2005/04/09 10:41

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