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同世代の人々① “ホリエモン”

私にとっての同世代の人々とは即ち“団塊ジュニア”=1970年代前半生まれの人々。この世代の人間は現在30歳前後なわけですが、それを十把一絡げにして“同世代”などという連帯意識を持とうとするのには無理がある。無理があるが、やはり“時代精神”や時代の背景と言うものは共有しているはずなので、何かしら他の世代からは得られない“ツー・カー”な部分もあると思うので、そこを切り口にして書いてみたい。

・・・で、“ホリエモン”。いわずと知れた話題の主、ライブドアー社長・堀江貴文氏。1972年生まれの彼、同年代の私から見る第一印象は「おいおい、太りすぎー」。あの腹はやばいでしょう、あれじゃあただのオッサンです・・・彼の社長日記を拝見している限りでは、相当ワークアウトなさっているようですが、世間における32歳のイメージをエイジングさせてしてしまう気がします。「うへぇー、32歳ってあんなにオッサン(オバサン)なんかあ」って。

ま、そんなことはともかくとして、ここ数ヶ月の彼の起こしたアクションに対する日本社会のリアクションを見るにつけ、私はしみじみ思う、「日本は本当に変わった/変わりつつある」と。彼の様な「出る杭」的な存在の登場は、別に珍しくも無く、バブル期以降定期的に何人か現れていたと思う。しかし、私の知る限り、その多くがバブルの完全な崩壊と共に姿を消し、社会からも忘れられている。

私は実際に、ある有名なIT関連の元社長を知っている。彼は絶頂の時、丁度堀江氏と同じ年齢くらいだっただろうか、さんざん“青年実業家”ともてはやされ、その業界の雑誌に常に取り上げられていた。その会社が90年代後半に倒産し、今、彼は海外で名前を変えて潜伏生活していると言う噂を聞いているけれど、私から見れば当時の彼と堀江氏はそっくりである。

彼の会社は“もっとも元気で鼻息の荒い会社”と評され、平均年齢も非常に若く、海外へビジネスを展開し、先見性もあったように思う。そして堀江氏同様、日本の旧態依然としたビジネス業界に対する挑戦も相当激しくやっていた。アンフェアーである事に対する若者らしい正義感の様なものを彼もまた、背負っていた。

確かにその会社が倒産した理由は、当時報道されていたように“経営の稚拙さ”もあったのかもしれないが、私自身は、彼の会社が空けた、日本のビジネス業界への数々の風穴の方がずっと貴重で評価されるべきことなんじゃないか、そんな風に感じていた。けれど当時の日本社会の雰囲気では、そんな評価は全く聞こえてこず、彼の女癖の悪さだとかワンマン体質だとかばかりが報道や怪文書で流されていた、と記憶している。

しかし、現代のホリエモンはどうだ、どちらかと言えば好意的に捉えられているじゃないか。それは多分、堀江氏個人のキャラがどうこう、と言うことではなくて、日本社会が70や80をとうに超えたお爺さんに牛耳られている事に対する辟易とした思いが、根底にあるのではないかと私は見ている。もういい加減、コネや権威を使い影や裏に回った“政治”で行うビジネスなんかじゃなくて、誰でもわかるルールにのっとって正々堂々オープンに行うビジネスにしようや、と。

だいたいお偉方がホリエモン氏を非難する時に「無礼だ」とか言うのだけれど、同年代の私から見るとお偉方の方がよっぽと非礼を働いている。Tシャツで公衆の面前に現れる非礼と、正当な手続きを踏んで申し入れを行った会った事も無い人に対して「聞いたことも無い会社」だとか「新参者」だとか「会う必要も無い」だとか言う言葉を間接的に投げつけたり、株主に対して経営参画反対!などと意見書を提出する非礼・・・後者の方がどう見たって非常識でしょう。これ、時代精神かしらん?

何にしてもこういう「正々堂々」を求める声が大きくなったのはいつからだろう・・・と思うと、小泉首相の中曽根および宮沢元首相達に対する“ご老人引導事件”あたりからではないだろうか?あの頃から見てみると、もうすごいものがある。そごうの水島会長、ダイエーの中内氏、埼玉県の土屋氏、NHKの海老沢氏、巨人のナベツネ氏、そして西武の堤氏。まるで戦後の財閥解体後みたいに、なんだかすっきり一掃!されちゃってる様に見える。

してみると、ホリエモン氏を支持している中高年と言うのは、「俺たちは出来なかったけれどヤツは良くやった!」みたいな気持ちなんではないだろうか。翻って同年代は、「俺たちも頑張らなくちゃな」と言う気持ちか。

私は、ホリエモン氏は件の彼の様にいつか、一度は大きく失敗するような気がしている。何故かと言えば、彼がニッポン放送買収の資金調の為にリーマンブラザーズと手を組んだらしい、と聞いたからだ。私はマネー・ゲームの難しいことはよく分からない素人だが、“泣く子も黙るリーマンブラザーズ”は、どうも周囲に自分以上に優秀な人間をはべらせていない様に見える堀江氏が対等に手を組めるほど甘くないのではないだろうか、と。彼らのお金に対する凌ぎを削った厳しい戦い方や“儲ける事”に対する嗅覚は、長い歴史によって培われてきたもので、そこには本当に多くの血も流れているのだ。彼が葬り去ったご隠居たちとは桁が違う。このままいけばやけどくらいじゃ済まなさそうだ・・・と言う、勝手なカンだけれど。

これはその後の日本では全く消息を絶っている前述の元社長に対しても期待することなんだけれども、どうか、一度の失敗に懲りずに再び挑戦して欲しい。きっと今、日本社会は一度の失敗が、むしろその人に対する評価と繋がる様な社会になりつつあるのだから。

世の中の臥龍が再び昇龍となれる社会、素晴らしいじゃないですか、明るいニッポンの未来にバンザイだっ!

【追記】
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幸か不幸か専業主婦 右や左の限界


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コメント

kakuさん、おひさしぶりです。
赤ちゃんのお世話でお忙しいでしょうに、きちんと筋の通った文章をお書きになりますね。そのエネルギーに感心します。でも、こういう作業がkakuさんにとってのストレス発散なんでしょうし、ホッとするひとときなんでしょうね。
私も堀江さんについて短いの書いてみました。
ピントはずれかもしれないけど、どっちつかずの私には(というかよくわからない私には)、あんなことしか書けません。
TB送ります。

投稿: robita | 2005/03/07 11:57

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